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第2話 辺境侯爵セオドア

作者: けもこ
last update 公開日: 2026-07-06 21:50:55

セオドア=グレンヴィル=フェアファクスは、帝国北部の辺境を治める侯爵家の当主であり、現在は国軍を率いる将軍としてその名を轟かせている。

ここザルバニア帝国は長年、隣国ドラグナ帝国との間で小競り合いを繰り返してきた。

特に山間部に点在する鉱山をめぐっては、度重なる侵略が起きている。

フェアファクス侯爵家は、その最前線を代々守り抜いてきた名家である。

セオドアは、3年前まで続いた戦争で敵国の中枢にまで攻め込み、こちらに有利な和平交渉をまとめた立役者だ。

終戦後は荒れ果てた辺境領の再建に尽力していて、帝都に顔を出すのは、夏の社交シーズンか皇帝に呼ばれたときくらいのこと。

本来、社交の場を好む性分ではない。

だが今年は、長年仕えている家令ドーバンに『この城で跡取りを見ることなくこの世を去れば、化けてでるやもしれませんな』と半分脅しのように押し切られ、しぶしぶ帝都で長期の滞在を強いられている。

半年ぶりに帝都の別邸を訪れると、昔馴染みの未亡人たちが嬉しそうに声をかけてきた。正直、色恋を楽しむのは悪くない。

しかし、誰かに縛られる人生は願い下げだ。

セオドアの父は、前皇帝の勧めで皇帝の姪と結婚した。セオドアの母である。

母は美しく、社交界でも華やかな存在だったが、恋多き女性でもあり、辺境には目もくれず帝都の別邸で愛人たちと暮らしていた。

父は高貴で美しい妻に惹かれながら、強く出ることもできず、ただ遠くからその奔放な暮らしを見守るしかなかった。

セオドア自身は、辺境の領地で乳母に育てられ、厳しい家庭教師のもとで教育を受けた。剣術や馬術の訓練で成果を出せないときには、容赦なく鞭が飛んだ。

父は、母親似の整った容姿を持つ息子に、妻に向けられぬ思いをぶつけていたのだろうと思う。

「この辺境領を治めるには、誰よりも強くあらねばならない」

父の与える重圧は、幼い子どもには耐えがたい苦痛だった。8歳で帝都近くの寄宿学校に入学したときには、陰惨で浮き沈みの激しい父とも、使用人の噂話の元でしかない母とも距離を取れることに、心底ほっとした。

10歳の頃、母が愛人との旅行中に馬車の事故で命を落とした。共に過ごした記憶がほとんどない母に対して、悲しみは沸かなかった。

ただ、父は違った。

元々陰気だった表情はさらに沈み、皇帝が勧める再婚の話にも応じようとしなかった。愛されなかったことでより妻への執着を強くし、それに縋って涙する父に嫌悪すら抱いた。

ますます父と距離を取るようになり、16歳で学校を卒業すると、辺境領には戻らず軍に入隊した。

軍隊での日々は、セオドアにとって初めて『家族』と呼べるような存在を感じられる時間だった。命を預け合える仲間たちと出会い、国のため民のために力を尽くすことに心血を注いだ。

戦争の中で大切な仲間を失ったとき、彼は初めて『本当の喪失』というものを知った。母の死よりもはるかに深い悲しみだった。

だからこそ、どうすればこの戦争を終わらせられるかを考え続けた。そして、敵をただ討つのではなく、その先の和平の道を探ろうと尽力した。

ようやく戦争が終結した時、自分が終戦の立役者となったことよりも、もう仲間を失わなくて済むという事実の方が、何倍も嬉しかった。

戦後、父が病に臥せたことから辺境に戻り執務を担い、その死後、侯爵の座を継いだ。気づけば、30を過ぎていた。

皇帝からは、たびたび結婚を促されている。

家を絶やすわけにはいかないと頭では理解しているが、父のように、妻に振り回されるのはまっぴらごめんだ。

結婚するなら、貞淑で慎ましく、辺境で静かに暮らせる女性が望ましい。子どもが好きであればなおのこといい。

ようやくその気になって条件に合う相手を探そうとしたとき、寄宿学校時代の親友であるクロード=グーテローワンの夫人が、若い紳士淑女の縁結びをしているという噂を家令から聞いた。

そこで、彼の家を訪れ、直接夫人に相談することにしたのだ。

クロードの妻、アビゲイルは、戦争の英雄とも言える将軍セオドアが自分を頼ってきたことで、すっかり上機嫌だ。

「それで閣下、どのようなご令嬢をご希望でいらっしゃいますの?」

扇子を口元に当てながら、アビゲイルが目を輝かせて問う。

「そうですね。できれば20代前半で口数の少ない、貞淑な方を望みます。辺境での生活が主になりますから、田舎暮らしに抵抗がないことも重要です。容姿は問いません。健康で、後継ぎを望める方であれば」

「おいおい、テオ。それじゃあまるで、繁殖用の牝馬を探してるみたいじゃないか。好みの女性を聞いてるんだぞ?ロマンスの欠片もないとはな」

クロードが葉巻をくゆらせながら、呆れたように言った。

「大切なのはフェアファックスの血を持つ後継ぎを儲けることだ」

セオドアのその答えに、クロードは鼻からため息とともに煙を吐き出し、眉間に皺を寄せた。その様子にアビゲイルがとりなすように口を挟む。

「閣下と結婚したいと望む淑女は、山ほどおりますわ。きっと、お眼鏡にかなう方も見つかります。さっそく来週の夜会に、ふさわしい方々をお招きいたしますわ。どうぞ、ご期待くださいませ」

アビゲイルは扇で口元を隠しながら、満足そうに微笑んだ。

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